
ま、お祭りについてですが、本日の記事はコラムですね。
YOSAKOIの起源は土佐山田町ですか。
ソーラン節の起源は積丹町です。
美国一帯のニシン漁の黄金時代は1900〜29年代(明治30〜昭和4)までです。
1930年(昭和5)から不漁でした。
以後、年々ジリ貧を続け、この浜はもちろん、500年にわたって数々の文化とドラマを残した北海道のニシン漁は完全に終息しました。
私の町の文化としてこういった文化を残そうと生涯の仕事として文化遺産を残す為に頑張ってくれた成田先生の事等最近では地元の人しか知らない為にTV局などでも取材等有りませんしね。
根本的に積丹町等の人たちは田舎ものですから、自分の町の文化が貴重な物である事にも気付いてない人も多く、寂しい限りですが、年々人口も減っていきますしね。
僕らなんかでもソーラン節がどこから来たのかとの問題に突き当たるとき、一般人が通常情報源とするTV等の話より、うちの父さんにひい爺さんの話を聞く方が正確な話を聞けます。
でも、その辺の話は内緒です。
正直TV局の取材はちょい間違ってる場合も有る。
でも、そんなの余り気にしませんが。
で、本日はYOSAKOIソーラン祭りのファイナル決定との事で新琴似天舞龍神さん、おめでとうございます。
ただ、幼少よりソーラン節が生活に密接に関わっていた僕らなんかから見るとYOSAKOIソーラン祭ではソーランの冠を付けるならお祭りのテーマにもっとソーラン節の文化を知ってから踊りなりして欲しいのが本音ですね。
全くソーランとは関係のないバックミュージックでソーラン節とは無関係な踊りを披露しているチームがやたら多いですし、昭和・平成における平等教育の悪弊でしょうか?「参加することに意義が有る」と言った雰囲気でただただ参加している人間も多く、文化侵略さえ感じてしまいます。
そんな基準で良いなら札幌国際カーニバルでもかまわないわけで、なぜにソーランの名前を付けた祭りなのかわからないと思いますねぇ。
んんん〜、中では有名所では平岸天神辺りはソーランをかなり意識して完成度の高い踊りを出してきていると思いますが、多数はソーラン節が何なのかも理解してないと思います。
こう言うと「理解してるよ」と言う人間が必ず出てくるんですが、3ヶ月くらいで良いから漁師の仕事について行って、何がどう厳しいのか体験して、労働歌としてのソーラン節がなぜ発祥したのかを肌で感じるべきだと思いますし、それを一度体験する事で良い歌・踊りも出来るようになると僕は思います。
今の状態は正にただのカーニバルであって、参加者の多数がカーニバルで良いと感じているのでしょうから訂正される事はないでしょう。
企画している方も商業主義が見えますし、よりによってうちの町の文化をこんな形で持っていかれると言うのは悲しいですね。
故下間邦夫さんの鰊場音頭辺りは良い文化として残して良いと感じます。
ああ言った鰊場音頭を歌うステージが一つも用意されず、(正当な文化をそっちのけで)行われるYOSAKOIソーランってのもなぁ?
と僕なんかは思うんですが、運営している委員会の人たちはソーラン節を理論だけで理解しているだけなんじゃないのかなぁ?
夢の積丹美国の浜は
ぬしに見せたいものばかり
ヤン衆かわいやソーラン節で
ちょっと飲ませりゃまた稼ぐ
今宵一夜は緞子(どんす)の枕
明日は出船の波枕
思い思われ奥場所暮らし
ニシン殺しの共稼ぎ
めんこい娘だ出船の時は
いつも浜辺でじっと見る
波は磯辺に寄せては返す
なぜに返らぬひと昔
歌詞に出てくる地名は私の住む町です。
僕なんかの意見は我侭な意見なのかも知れませんが、ソーラン節を余り変形させないで欲しいなぁ。
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